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彫師美漸【特別対談】美漸×DIVINER─ 妥協のない男達の生き様 ─

DIVINER Presents 美漸×DIVINER─ 妥協のない男達の生き様 ─

DIVINERのコンセプト「RECKLESS LIFE -妥協の無い生き様-」を軸に、己を貫き通す男達に密着。
株式会社Bizen art代表取締役であり、有名人や多くの女性から圧倒的な支持を集めるカリスマ彫師・美漸(bizen)氏に密着。
美漸氏がタトゥーを通して伝えたいメッセージとは何なのか。
そして、妥協せずに貫き通していることは。

1/23東京・原宿 表参道に新たにオープンするタトゥースタジオ「BIZEN ART」の情報も解禁。


彫師の道でトップを目指す事から始まった

―美漸様とタトゥーの出会いは?

美漸タトゥーとの出会いは、小さなころから絵をかくのが大好きだったんですよ。
幼稚園とか小学校の時とかから絵ばっかり描いてて。
で、中学生高校生の時とかもずっと描いてたんですけど、それでいつか絵に関する仕事がしたいなとずっと思ってたんです。
そんな時に、高校2年生の時とかに周りの仲間が刺青を入れはじめたんですよ。
それから結構周りの友達が入れはじめて。それを見た時に、「自分も入れたいな」と思ったのもありますけど、それ以上に彫る方をやってみたいなと思ったんですよ。
それがキッカケで彫師を目指しはじめたって感じですね。

―彫る事をしてみたいって思ったんですね。

美漸そうですね。とにかく絵に自信があったんで、何を描いても描けるみたいな、ものすごい自信があって。調子に乗ってたんですよ。(笑)
そんなのもあって、その刺青を見た時に「絶対に俺の方が上手いし」てなんか変な自信があって、「絶対俺がこの道でトップになってやる」みたいな感じで、そこから目指しはじめましたね。

―そこからどういった経緯でタトゥーアーティストに?

美漸校生の時から目指しはじめたんですけど、彫師のなり方がなかなかわからなくて。当時インスタも無いし、ネットで検索してもあまり出てこなかったので、とにかくどうやってなったら良いのか分からなかったんですよね。
そんな時に周りの仲間とかに、「彫師になりたい、なりたい」みたいな、あっちこっち言ってたんですよ。
そしたら、仲良い仲間の一人が、ある先輩を紹介してくれて。その先輩が、僕の師匠、彫ふじ先生という人。弟子入りして、刺青のスタートを切れたんです 。

―その繋がりの繋がりで、お師匠様と出逢われたんですね。おいくつくらいの時ですか?

美漸それが19歳ですね。

「お前は彫師になるまで時間がかかる。」

―弟子入りを許可されたキッカケは?

美漸 師匠と初めてお会いして、「刺青やりたいです」みたいな気持ちをバーっと伝えたんですよ。そしたら「本当にやる気があるなら、お前今すぐ坊主にしろ」って、言われたんすよ。いきなりバリカンを取り出して持ってきて、「じゃあコレ」って(渡されました)。
その当時、めちゃくちゃ髪伸ばしてピアスをつけてて、めっちゃカッコつけたかったんすよ。もうモテたい、遊びたいみたいな。(笑) 
そんな感じだったんで、もう坊主にするとか考えたことも無くて、めっちゃ迷いました。師匠は「とにかく考えて良いよ」って言ってくれたんすけど、めちゃくちゃ焦っちゃって「彫師になりたい、でも坊主にするのだけは嫌だ」みたいな、汗かくくらい焦ってて。でも考えた挙句、決心して「彫師にならせて下さい。弟子入りさせて下さい。坊主にして下さい。」て師匠に言ったんですよ。
そしたら、実は師匠がストップウォッチで時間を測ってて、「お前彫師になる、弟子になるって決めるまでにかかった時間50分。」って。50分も悩んでたんだ、みたいな。(笑)
師匠が「この50分かかった分、お前は彫師になるまでめちゃくちゃ時間がかかる。」と、 バリカンをしまって(言っていました)。
結局、坊主にするのはウソだったんですよ。(笑) 僕を試したんですよ。

僕も、自分のところに弟子入りしたいって言っていた子がいたんで、同じことを試したんですよ。
「お前今すぐ坊主にしたら弟子にしてやるよ」って。すると(弟子は)「あ、はい。します。」って普通に答えてきたんで、(50分も迷った)俺ヤベーなみたいな。(笑)  それくらい当時はカッコつけたかったんです。(笑)

弟子入り後の修行は、絵を描くのをやめること。

―弟子入りされた後にどんな修行をされたんですか?

美漸 僕、弟子入りするまでって絵をバーって描いてたんすよ。とにかく絵を描けば上手くなれる、みたいな。でも師匠が最初に言ったのは、「絵描くのやめろ」って言ったんすよね。
「絵ばっか描いてると、昔ながらの堅い彫師になる」って。
例えば(お客さんが)「薔薇の絵を彫りたい」って来ても「いや、和彫は牡丹だよ」みたいな堅い彫師さんって多くて。
「これからの時代はお客さんの要望にいろいろ答えてあげるような、話を聞いてあげるような彫師じゃなきゃダメだよ」って。
そうならない為に「絵を描くのやめろ」「デザインは、彫師とお客様が一緒に作り上げるもの」って言われるところからスタートしました。
それからはとにかく「感謝の気持ちを大事にしろ」と言われ、まず最初の修行は、今までしてきてくれた事の有り難みを理解するために、「家(親)の手伝いしろ」とか、もっといろんな人と会話ができるようになるために、「新聞読め」とか「ニュース見ろ」とか。「とにかくいろんな人と話をして、いろんな知識を学べ」みたいなことを言われて。そこからスタートしたんすよね。
そんなこともあって、いきなり家のことをちゃんとやるようになったんで、それがキッカケで両親も彫師になることを許してくれたんすけど。

その後、「お前はもっとお金の大切さを知らないとダメだ。まずは、就職しろ」って言われたんですよ。師匠の紹介で、社員として現場仕事の職人を始めました。
彫師って、時間制で1時間一万円がだいたいの相場。下絵描いたり、彫ってる以外の時間もあるんですけど、1時間彫って一万円ってすごく高いし普通じゃない額で、金銭感覚がおかしくなっちゃう。
そうならないために、まずは就職して、一生懸命、朝5時〜夜8時までガッツリ働いて、一万円貰えるっていう、お金の有り難みや大切さを身に染みさせろって事で、職人を3年半ほどやりました。

しっかりお金の大切さを知った上で、彫師になれば、お客さんに対して、5分でも短くなったら少し安くしてあげるとか、ちょっとサービスしてあげるとか、そういうことをしてあげたら喜ぶんじゃないか。そんなサービスに対して大切な事を学びましたね。

修行の一環で、お金を一切使わない一人旅へ

美漸 3年半働いた職人を辞めて、次修行は、日本中を一人旅したことでした。西日本を半周ですね。
この旅ってのが、お金を一切使わない旅だったんですよ。
車で日本を回る旅で、使っていいのは交通費とガソリン代のみ。食費も使っちゃいけない旅で。
なぜお金使っちゃいけないかと言うと、普通に車で地方行って、お金使って美味しいもん食べてって、ただの旅行じゃないですか。じゃなくて、お金が無いからこそ、食べる為に人に助けてもらう事をしなきゃいけない。嫌でも人に話しかけなければいけない。これが修行の一環だって(師匠から教えられました)。
お金が無いので、その場にいる人に話しかけまくってて。
「実は僕彫師を目指してて、こんな旅をしてるんすよ。」って喋りかけるんです。それで仲良くなって、その人の家に泊めてもらったり、ご飯を食べさせてもらったり、そのご家族の家に泊めてもらったりと、いろんな経験が出来たんですよ。
そのいろんな県に行って、助けてもらったり、多くの人と喋った経験のおかげで、現在お客さんがどの県から来ても会話が出来る。そんな今の自分に繋がってるんです。いろんな人にしてもらった感謝を感じて、会話のレベルを上げて、人間レベルを上げて・・・。それが修行でしたね。
近くにいる人に声をかけて、家に泊めてもらって、さらに3日間くらい泊めてもらったりして、最後は家族全員で送り出してくれて、号泣。みたいな。

城戸さんとの出会いが大きいですね。

美漸 一人旅が終わってからは、人脈を増やすために、江ノ島の海の家でひと夏働きました。そこでも、いろんな人と出会い色んな人と会話して、ここで壁画の仕事とか絵を描く仕事とかして。
海の家を辞めてからは、普段あんまりお酒とか飲まないし、キャバクラにも行ったことなかったんですけど、知り合いに頼んでキャバクラで働かせてもらったんですよ。ボーイとして働いて。お酒とか女性とか、お金が動く職場って勉強になるなと思って。色んなことを勉強して、それが最後の仕事でした。夜の仕事を終えて、独り立ちしたんすよね。そんな感じです。

―すごい人生ですね。人脈を増やす修行の中で、海の家で働かれてたってことなんですが、その時に出逢って方ってどんな人だったんですか?

美漸 いろんな経営をされてる社長さんとも出会いましたし、それが今の仕事に繋がってる方もいます。その中でも一番自分にとって大きかったのが「城戸(城戸 康裕)さん」ですね。
海の家の店長さんが、城戸さんと同級生だったんです。城戸さんは毎年のように海の家に来ていて、そこで出会ったんですよね。 お話しさせてもらってから意気投合して。城戸さんって当時は既にK-1チャンピオンだったので、めちゃくちゃ有名で、誰もが憧れる人だったんですよ。僕も会ったときは「すげぇ。城戸さんだ」みたいな。
城戸さんって、自分が有名人とか関係なく、相手がどんな人であっても、すごい低姿勢で腰低く、丁寧に話しかけてくれる方なんです。城戸さんから「番号交換しようよ。」て言ってきてくれて、それで仲良くなったんです。城戸さんは東京に住んでいるので、僕を東京に連れてってくれて、そこでいろんな人を紹介してくれて。そこから人の繋がりが更に出来たのは今の自分にとって大きいですね。
城戸さんがいろんな人を繋げてくれて。その中で城戸さんがDIVINERさんを紹介してくれて繋げてもらったんですけど。もう本当に、城戸さんには感謝してますね。

「美漸」名前のルーツは徐々に美しいものを創っていってほしいという想い

―デビューされたのは何歳の時でしょうか?

美漸修行してデビューしたのが26歳の時ですね。ですので、7年近く修行しましたね。

―7年近くもですか。そのデビューのタイミングで、美漸と名乗られたんですかね?

美漸そうですね。弟子入りしたら師匠が名前をつけてくれるんです。それで「美漸」という名前をつけていただいて、デビューしました。

―ちなみに「美漸」という言葉の意味は、どういうものなんでしょうか?

美漸「美漸」の美は、そのまま“美しい”という意味。「漸」は“漸進“の「漸」なんです。“前に進む“って意味の「前進」ってあるじゃないですか?その「前進」って、普通に“前に進む“なんですけど、「美漸」の「漸」を使った「漸進」ってのは、“ゆっくり徐々に進む“って意味なんです。 二つの意味を組み合わせて「ゆっくりと徐々に美しいものを創っていって欲しい」という意味を込めて師匠が付けてくれました。
僕の性格上、ゆっくり徐々に徐々に地道に頑張るっていう性格だった事もあって「美漸」って名前を付けてくれました。

―すごく良いお名前ですね。その名付けの親でもあるお師匠様から、美漸様に受け継がれているものって何でしょうか?

美漸師匠が一番大事にしてたのは、人への感謝の気持ちです。
初心を忘れず、感謝の気持ちを忘れずっていうのを師匠は一番持っていたので。
彫師の人って、「彫ってやってる」って感じのちょっと上から目線の人が多いと思うんです。でも僕の師匠は、【お客さんがいてくれて彫師がいる】って考えの人だったので、とにかくお客さんが来てくれることに感謝してたんですよね。
「今日も来てくれてありがとう」「彫らせてくれてありがとう」って。感謝の気持ちを大事にする人でした。 だから僕もそれを受け継いで、感謝の気持ちを一番に、大事にしてますね。

タトゥーアーティストのダークなイメージを払拭したい

―「タトゥーアーティストのダークなイメージを払拭したい」と仰っておりますが、それは何故でしょうか?

美漸 やっぱりタトゥーや刺青って、世の中的に認められてない、ダークなイメージがありますが、認められていないからこそのカッコ良さもあると思うんですよ。
小さなタトゥーや文字、レタリングや花とかはお洒落なデザインなんで、もっと出して良いっていうか。だからこそダークなイメージ、悪いものとして捉えられるのが嫌なんです。せっかくお洒落なんだから出して欲しいんですよね。
刺青がただ【ダークなもの】っていうイメージを無くしていきたいなって思って。タトゥーが入ってる人が、普通に生きやすい世の中を作りたい。って思ってるんですよね。

―なるほど。あくまでタトゥーってのはお洒落だったり、必ずしもダークなものでは無いっていう側面があるってことですね。その部分を認められる世の中にしていきたいってことですよね。

美漸そうですね。ダークなイメージだけではなく、究極のお洒落だな、みたいな。究極のお洒落をどんどん発信していきたいなと思ってます。」

―その中で行っている事や、どういった活動をしていこうと考えていますか?

美漸タトゥーや刺青のダークなイメージを変えていくためには、刺青を入れてる方自身の行動を変えていかないといけないと思うんです。
刺青が入っているだけで悪くみられちゃう事も多いと思うんで、人一倍行動には気をつけて、普段も行動しなきゃいけないと思うんです。 例えば電車に乗ってたら、席を譲ってあげるとか、ポイ捨てしないとか。刺青を出して人と喧嘩しない、人を脅さないとか。 まあ当たり前のことですけど、刺青入っている人がやってると余計に悪くみられるからこそ、辞めていかないといけない。
温泉でも内緒で入る人がいたとして、他のお客様からのクレームや店員さんから怒られた時に、謝って出ていくのではなく、反発して悪いことをする人も中にはいるんです。 ルールなんで、怒られたらしっかり謝る。そういうところもキッチリやっていかないといけないと思うんですよね。
一番言いたいのは、刺青を入れてるからこそ、人一倍ルールを守って人に親切にしたり、ルールを守っていかないといけないと思ってます。

―ちなみに美漸さんは普段刺青を隠されるんですか?

美漸 場所によってですね。でも、基本的には隠さないです。これにも理由があって刺青を出してるからこそ、人に親切にしたりすれば、イメージ変えていけるかなっていうのもあるんです。 でも隠す時ももちろんあります。 それは、人に迷惑がかかる時ですね。 例えば芸能の方やテレビに出られてる方で、その人の印象下げそうな時や、子供がいる場所にいく時は、怖いイメージで周りの人を不安にさせるなど、人に迷惑かけそうな時は隠します。それ以外はなるべく隠さないようにしてますね。

師匠から受け継いだ感謝の気持ち

―タトゥーアーティストとして大切にされていることは?

美漸 一番大切にしてるのは師匠から受け継いだその感謝の気持ちですかね。お客さんがいてくれて自分がいる。お客さんがいなかったら、自分は彫ることも出来ないんで、一番はお客さんを大切にしてますね。
あとは、自分がここまで来るまでに練習台になってくれた仲間や、応援してくれた仲間とか先輩とかもいますし。その人達への感謝ですね。 今自分があるのは、みんなのお陰っていうのを大事にしてますね。

「信用」を一番に大事に

―他のタトゥーアーティストさんと違うこだわりは?

美漸 僕は、絵が得意でどのジャンルでも描けるんですよね。 小さな細い細かいデザインから、がっつり背中一面に和彫のものとか。とにかくどんなお客さんが来られても描けるって言うのが強み。
あとは、もともと人との繋がりが多くて、その中でも信用を一番にしてきたから、次のお客さんが来てくれるきっかけが、人からの紹介が多い。
例えばスポーツ選手の方だったらスポーツ選手を紹介してくれて、モデルさんだったらモデルさんを紹介してくれて。これって絶対的な信用が無いと、次に繋がらないと思うんですよ。だから僕は、「信用」を一番に大事にしてきた。
感謝の気持ちを忘れず、紹介してくれた人を飛び越えて連絡しないとか、報連相をしっかりするとか、それが人との信用・信頼に繋がって、今多くの方に来てもらえてます。
そこが差というか、自信を持って言えるこだわりかなと思います。

―美漸様といえば般若というイメージですが美漸様にとって般若とは?

美漸 とにかく般若の絵がカッコよくて好きってのが一番ですね。意味合いより何よりこの絵がカッコ良い。これだけです。
刺青って、こんな意味があるから、こんな意味を込めたいから入れるとか、カッコ良いから入れるとか、様々なパターンがあると思うんですけど、どっちもアリだと思ってて。意味だけにとらわれてしまうと、デザインはカッコ悪いけど、自分には意味があるからこれにしよう。とかも出てくるし、デザインがカッコ良いからこれを入れよう。と思って意味がないものを入れる人もいると思いますし。どっちもアリだと思うんです。
意味だけにとらわれてカッコ悪いもの入れるんだったら、人に見せるものなので、カッコ良い方が良いって思います。 般若を選んだ意味はとにかく好きだから。

―ちなみに初めて般若を入れたのはどこで、どんな時に入れたんですか?

美漸 初めて般若を彫ったのは、自分の(左)腕です。まず彫師は自分の体に彫って練習するものなんで。やっぱり痛かったです。

タトゥーは究極のオシャレであり究極のアートだと思う

―美漸様にとって、タトゥーとは?

美漸  ファッションの一部でもありますし、その中でも究極のオシャレかなと思ってますね。タトゥーってなかなか入れないじゃないですか。痛みに耐えながら、高いお金を払って。決心して入れるものなんで、究極にオシャレって思ってます。 さらに、タトゥーって普通のアートと違って、人の体に描いたものが動くわけじゃないですか。動くたびに見え方も変わるし、その人が旅行に行ったり、海外行ったりして、いろんな人に見られるものなんで、それこそ究極のオシャレであり、究極のアートだと僕は思います。

世界中の人に見てもらえる、それが芸術

―タトゥーを彫り続ける理由とは?

美漸僕はとにかくアート、つまり絵を描くのが好きなんで、ずっと絵を描いてたいんですけど、自分の絵を人の体に彫らしてもらえる事って凄いことだと思っています。しかも、その絵が世界中動き回るんすよ。
僕の描いた絵、彫ったタトゥーがいろんな世界を回って、いろんな人に見てもらえてって、それって芸術だと思うんです。
紙に描いた絵には出来ないこと。そこに凄い魅力を感じていて、これからもずっと続けていきたいと思っています。

―たしかに凄く魅力的です。今後の展望はどのように考えているんですか?

美漸今までは神奈川県の湘南で店をスタートさせ、そのあとは東京の中目黒にお店を出して。これ全部マンションの一角だったんです。けれど、遂に表参道、まあ原宿ですね。そこに路面店というか、美容院みたいな雰囲気のタトゥースタジオをオープンすることになったんです。
タトゥースタジオって、自宅とかマンションとかでやってる店舗が多いんですが、ワンルームに行くのってお客さん側からするとちょっと不安もあると思うんで、僕は路面の表に出ている美容院みたいな所の方が、どんな人でも入りやすいと思ったんですよね。
路面店、美容院みたいなオープンなスタジオを作ることで、刺青のダークなイメージを払拭出来るんじゃないかなって。どんどんオープンにしていけるんじゃないかなって。これからがめちゃくちゃ楽しみですね。

―いつ頃オープンの予定ですか?

美漸2022年1月23日からにしようと思ってます。

人としても技術も、妥協したくないんで。

―美漸様にとっての、「タトゥーアーティストの妥協のない生き様」とは。また、DIVINERと共感するポイントはどこでしょうか?

美漸 人としても技術も、僕は妥協したくないんで、絵もどんどん追求して良いものを創っていきたいですし、お客さんにも妥協させたくないんですよ。だからこそ、僕も妥協したくないですし。
一番に接客を大事にしていて、そのお客さんが「これを彫りたいです」って来てくれて。例えばその人が「蝶の絵を彫りたい」って言って、それを僕がデザインを描いて見せる。それをお客さまに見せた時に、基本的に彫師に対して、せっかくデザインを描いてくれたからこそ、ここを変更したいって言いづらいんですよ。
だから、(納得していなくても)それでいいですよ。って言っちゃって。そのまま妥協して彫るっていう事も実は結構あるんです。お客さんは結局後悔しちゃう、みたいな。
それって、彫師がどうにかしてあげないといけない。「この蝶はこんな風に変えれますし、こうしても良いじゃないですか?」とかこちらから提案してあげたり、相手に対して言いやすい状況を作ってあげるんです。そうすることで、お客さんも妥協せずに、こうしたい!って言えるんです。それによって、自分も妥協せずに考えたものを彫れるんで、お互いにとって一番良いものが生まれるんですよね。
タトゥーのデザインって、お客さんが決めるものでもなく、彫り師が決めるものでもなく、一緒に創り上げるもの。ここに妥協があってはならない。だからこそ、僕はここに一番力をかけていて、接客とアート、そして技術。そのミックスが、一番重要視してるとこですかね。そこが、妥協のない生き様。そう言う感じですかね。

―今回始動する「彫師美漸×DIVINER」のコラボで体現したいことはどのようなことでしょうか?

美漸 コラボさせていただけるのは大変光栄なことで、DIVINERさんの良さをしっかり残しつつ、美漸のブランドの良さを取り入れたいんですけど、そこのバランスを取って(両ブランドが)潰れないようにシンプルにカッコ良くしたいと思ってますね。
特に、「和」のイメージを取り入れるってのは、失敗すると変な方向に行ってしまうんです。そこをいかにカッコよく仕上げるかっていう点にこだわっていきたいと思っていますね。

―それも「妥協のないコラボ」ということで。インタビューにお答えいただきありがとうございました。



 

Profile 

─ 彫師 美漸 ─

tattooist Bizen
株式会社Bizen art代表取締役

Bizen Art Tattoo Studioの代表を務める、彫師。
自身のInstagramはフォロワー約5万人、TikTokも約1.5万人のフォロワーを抱え、YouTuberや芸能人、モデルのクライアントも多い。
伝統的な和彫から女性人気の高い細く繊細なタトゥーまで、幅の広い作風が特徴で、「美漸般若」と呼ばれる般若と能面を組み合わせたデザインが特に人気。「世の中のタトゥーのイメージを変える」ため、日々活動中。

NEW SHOP:Bizenart タトゥースタジオ表参道店
Address:渋谷区神宮前6-9-4 和秀ビル2F

 

Special THANKS

─ 城戸 康裕 K-1fighter ─

DIVINERクリエイティブプロデューサーであるK-1ファイター城戸康裕選手。
今回、このインタビューが実現したのは、城戸康裕選手の存在があったから。
彫師である美漸氏と昔からの親交があった城戸選手。
DIVINERと美漸氏をつないでくれたのが城戸選手である。